関係者の素顔に迫るインタビューを競馬ラボがオリジナルで独占掲載中!

中山義一調教助手

8馬身差の独壇場、オルフェーヴルの圧勝で幕を閉じた昨年の有馬記念だが、その2着がウインバリアシオンであったことが、さらにドラマを生んだことは間違いない。まだ勝利こそ手にしていないが、屈腱炎からの完全復活は、そう遠くない将来に訪れることだろう。すっかりお馴染みとなった中山義一調教助手に、グランプリの感想や、今春の目標などを聞かせていただいた。

オルフェーヴルに4度目の2着

-:先日行われた有馬記念、ウインバリアシオン(牡6、栗東・松永昌厩舎)は2着と健闘しました。レースの感想についてはいかがでしょうか?

中山義一調教助手:やっぱりオルフェーヴルは強いなあ、というのは第一印象ですけれど、ウインバリアシオンもよくあそこまで頑張ってくれた、という思いがありましたね。1年半も休んで、復帰させてレースで使うだけなら騙し騙しでいけますけど、G1で好走というのは普通ではできないこと。でも、これほどの馬だから勝負したいじゃないですか。"ああでもない、こうでもない"とスタッフみんなの意見を聞いたり、"こっちのほうがいい、ああしたほうがいい"とか、試行錯誤をしての結果なので、よかったなとは思いますけどね。ただ、1年半の間、一番馬が鍛えて伸びていかないといけない時に休んだことが、あの差になったのかという風に考えるとね……。

-:まるでデジャヴかのような結果でした。また前にはオルフェーヴルが居て……。

中:オルフェに先着されるのは4回目ですかね。

-:普通に考えると金鯱賞の3着は良しとしても、そこから状態が上がらないと有馬記念で戦えなかったわけじゃないですか。2走ボケや疲れが残っているのを心配した人が多かったからこそ4番人気だったのだと思いますけど、その人気以上には走りましたね。

中:でも、僕はバリアシオンなら走ると思っていましたけどね。本当に潜在能力は高いなと思っていたので、もっと調教を課しても大丈夫だろうとも考えるんですけど、やっぱり脚に爆弾があるので、ある程度で留めていたわけで、もっとやったら走れるだろうし、もうちょっと僕たちが考えて調整すれば、さらに走ってくれるのかな。あの結果を見て、また一層考えを改めようと思いましたね。

-:それでも、賞金を加算できたのは大きいですよね。2着と3着では大違いだし"次にどこを使おうか……?"ってなりますからね。

中:やっぱり賞金がないとレースに使えないしね。(有馬記念の2着賞金)8000万円でしょ?高額でびっくりしましたよ。

-:朝日杯FSの優勝賞金より多いですからね。

中:ただ、オルフェが居てくれての競馬でよかったなあ、と僕らは思うんです。勝てなかったけど、届かなかったけど、もしオルフェが居ない中で勝ったところで、何か拍子抜けというか、納得がいかなかったかもしれないです。最後に対決できてよかった。


「僕はあれくらい走って当然だと思っていましたよ。人気にはなっていなかったけど、自分の中では本命・対抗レベルだと考えていたんで、"まぁ、見とけよ"という気持ちはありました」


-:松永昌博厩舎らしくて良しと。(3度の3着の)ナイスネイチャよりは上に来ましたからね(笑)。

中:悲しいかな、"もうちょっとやれたはずなのにな"という思いはありますよね。どの馬でもそういうのはあるんやろうけど、あの子の1年半のブランクは大きかったなあ。

-:けれども、有馬記念で引退するわけじゃないですし、これからまたどこかでベストパフォーマンスを見せていただけたらうれしいですね。11万人以上の観衆の目にも、バリアシオンの走りは焼き付いたんじゃないでしょうか。

中:僕はあれくらい走って当然だと思っていましたよ。人気にはなっていなかったけど、自分の中では本命・対抗レベルだと考えていたんで"まぁ、見とけよ"という気持ちはありました。ただ、人には言えないからねえ(笑)。

-:その気持ちは伝わっていたように思いますよ。

中:1週前の追い切りは馬なりでやったんですけど、あの辺から具合がグンと上がっているなと思っていたので。

-:それでゴールドシップより時計も速かったですね。

中:ただ、抜けた馬が引退して居なくなったので、今後は追われる方になることが多くなるじゃないですか。今まではみんながオルフェをマークしてくれていたから自分の競馬ができていたわけで、バリアシオンを見ながらの競馬をされるとどうなるのかな。

-:外に出させてもらえない展開も考えられますね。

中:あるいは、レースが動くまで動けなくなったりとかもあるんだろうなあと。とりあえず、どこかで1着にはならないと。青葉賞以来勝ってないんですから。1個タイトルを獲ればどうにかなるんやろうけど。負け癖と同じように、勝ち癖って絶対あると思うんです。

写真は岩田康誠騎手が騎乗した有馬記念週の最終追い切り


当面の目標は天皇賞(春)

-:この先のローテーションはまだ未定ですか?

中:今のところは日経賞から天皇賞(春)が濃厚です。阪神大賞典だと、3000m級のレースが続くことになるので疲れが残るかなあと。大阪杯や京都記念も考えていますが、関東への輸送がある日経賞が一番いいんじゃないか、という話はしました。

-:この馬にとって、輸送があるメリットは何でしょうか?

中:無理に減らさなくても、輸送によって結構体重が減るんですよ。僕らは4~6キロくらいの増減はあまり考えてないんやけど、ファンや解説者の方々は違いますよね。

-:気にしなくていいんじゃないですか(笑)。

中:「6キロ増えてますねえ!」とか「体重が増えたから動きが悪いですよ」みたいなことはありますからね。キッチリと、周りが納得するような体重で使うのであれば、その辺がいいのかなあ。

-:馬のボロの重量を量ってみて、“これだけで何キロあります”というのをファンに公表してみてはいかがでしょう。

中:知らない人が多いからね。馬が4キロ増えたところで、人間で言えば、例えるならば400グラムくらいでしょうか。調教さえ加減されずに体重が増えている分には、何の問題もないと僕は思っています。



-:同じ体重でも、見え方が違うこともありますね。

中:馬が締まってきた時のマイナス体重と、抜け殻になった時のマイナス体重はうんと違うからね。ファンにも好きな馬の形もあるでしょうし、それを基準に見てしまうんでしょうか。

-:その馬自身の基準で見ないといけないんですね。ただ、気持ちはよく分かります。僕も大井に行ったら、全員ゴツいんでさっぱり分からなくなりますから(笑)。

中:あの子の場合は、伸び伸びと走って普通に調教できたら、結果がついてきてくれると思っています。

-:まずは"勝ち癖"ですか。

中:ひとつ勝ってくれるとね。厩舎の勢いも付きますし、馬自身も勢いが出ますからね。

-:近いうちに勝ってくれるでしょう。

中:とは思っているんですけどね。ただ、極端なスローペースをまだ経験していないのでね。これまでもネコパンチしかり、ビートブラックしかり、前残りのパターンで負けているので。道中、誰も動かなかったレースです。

ハーツクライ産駒の特徴!?

-:自分で動いていくのもあまりよくない馬ですか?

中:そうですねえ。ジャパンカップはあれだけ動いていって5着に残るくらいだから、能力は相当あるんです。

-:でも、本当のバリアシオンの良さは出ませんでした。

中:自分の競馬はできなかったね。ただ、あそこで動かないとゴチャゴチャしたレースになって、うまく競馬ができなかっただろうからね。安藤さんが引退したのは痛いです。"安藤勝己=ウインバリアシオン"みたいに思っていましたから。今のウインバリアシオンがあるのは彼のおかげです。デビューから2連勝した後、番手を取りに行って引っかかるレースが2回ほど続いて、アンカツさんに乗り替わって、一番後ろから追い込むレースをして変わりましたからね。あの馬は自分勝手に走らせておいて、エンジンがかかったところから脚を伸ばすレースで、型にはめすぎないほうがいいんじゃないかなあと。

-:今の馬主さんが一番嫌いそうなレースですね(笑)。前残りの展開になることもありますし。

中:ああいう競馬をする馬だから、前残りはもう仕方がないんです。


「"安藤勝己=ウインバリアシオン"みたいに思っていましたから。今のウインバリアシオンがあるのは彼のおかげです」


-:ハーツクライの産駒には、前半急かさない方が良いという特徴は傾向として出ているのでしょうか。

中:というよりも、行かないらしいね。うちのマジェスティハーツもそう。スタートから出していけば引っかかって行くんだろうけど、そうじゃないと全く進んで行かない。ユーイチ(福永騎手)が乗って天皇賞(秋)を勝ったジャスタウェイもそうだけど、テンさえ折り合いが上手く付けば全然行かないらしい。ハーツクライ産駒はそういう感じなんかなあ。

-:緩い馬ではそうなんでしょうか。

中:バリアシオンでもマジェスティでも、まだ緩いところがあるからね。完全にはできあがってないもん。お父さんに乗っていたアンカツさんに聞いてみたら「初めの頃は全然進んで行かなかった」って言ってましたね。

-:聞いたことがありますね。「4コーナーを回って直線に向いてからアクセルを踏んでいかないと、走りがバラバラになって終わるから、コーナーでは追い出せない」と。

中:それで、その緩さが武器になっている部分もあるんだろうと思うんですよ。だからあれだけ終いがキレる。ずっと力んで進んで行ったら、終いまで持ちこたえられないからね。高橋さんが以前仰っていた"85%の仕上げ"という言葉が頭から離れなくて、この馬はそういう風にしようと思いましたね。それまでは“馬は120%にしなければアカンな”と考えていたんですけど、34年働いていて、初めて目から鱗が落ちましたね。いいアドバイスをいただきました(笑)。



-:日本人のアスリートに取材で話を聞いてみると、大概の人が「完調にしたときにヘグっている」って言ってましたね。1日前にピークが来て慌ててしまって、本番で大惨敗とか、24時間ずれるだけで全然走れないそうです。

中:長距離の選手はそうなんかもしれんね。

-:短距離の選手も難しいみたいです。朝原宣治さん(08年北京五輪4×100mリレー銅メダリスト)に聞いたんですけど、一生涯でレース本番にピークが来たのはおそらく1回もないんじゃないかと仰っていました。意図せずにピークが来て、急に身体が軽くなってしまうと、後は下がっていく一方で、それをどうにか止めることしかできないみたいです。

中:G1の仕上げもその辺がキーポイントになるんでしょうね。どうしても人間はイレ込んでしまうから、これ以上ないくらいに馬を作ってしまうじゃないですか。すると、輸送してレース当日に70%くらいのデキになってしまうこともあるんだと思います。もちろん、持ちこたえてくれる馬もいるでしょうけどね。

-:追い切りが抜群に良くても、パドックに行くとすっかり中身が抜けてしまったように見える馬もいますからね。

中:バリアシオンのように、ボーッとしてるほうが良いのかもしれないね。走りながらだんだんエンジンがかかっていくからね。良いことを教えていただいたので、今後も重要なレースで生かしていきます。今後ともよろしくお願いします。

-:ありがとうございました。

●有馬記念前・ウインバリアシオンについてのインタビューはコチラ⇒


ウインバリアシオンとオルフェーヴルの対戦成績
レース名 馬名 着順
11年 きさらぎ賞(G3) オルフェーヴル
3着
ウインバリアシオン 4着
11年 日本ダービー(G1) オルフェーヴル
1着
ウインバリアシオン 2着
11年 神戸新聞杯(G2) オルフェーヴル
1着
ウインバリアシオン 2着
11年 菊花賞(G1) オルフェーヴル
1着
ウインバリアシオン 2着
12年 天皇賞(春)(G1) ウインバリアシオン
3着
オルフェーヴル 11着
12年 宝塚記念(G1) オルフェーヴル
1着
ウインバリアシオン 4着
13年 有馬記念(G1) オルフェーヴル
1着
ウインバリアシオン 2着
ウインバリアシオンとオルフェーヴルの対戦成績は、7戦中4戦が1,2フィニッシュ。その内3戦が3歳時のクラシック路線でのもので、この2頭が世代では特出した存在だったことが分かる。7戦中6戦でオルフェーヴルが先着しており、ウインバリアシオンが唯一先着を遂げたのは、オルフェーヴルが11着に大敗した天皇賞(春)。ライバルは一足先にターフを去ったが、ウインバリアシオンの挑戦はこれからも続く。


【中山 義一】Yoshikazu Nakayama

父は元騎手でアラブの牝馬アオエースを駆って読売カップを制した中山義次。ギャンブル色が強かった当時の競馬に疑問を持ち、馬術の世界を目指し追手門大学を卒業。しかし、現実的に生活を考えると競馬界に入るしかなかった。初めて所属したのは開業間もない北橋修二厩舎であり、厩舎解散まで25年間所属。エイシンプレストン、スターリングローズ、など数々の名馬の調教を任された。思い出の馬は愛らしい顔が印象的だったゴールデンジャック。ウインバリアシオンについては、ホースマン人生の中でも最大級の評価と手応えを感じている。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて18年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。

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