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騎手コラム

勝者に聞く勝ち方


  • [騎手]内田博幸:2012年ゴールドシップ

    今年で63回目を数えるグランプリ・有馬記念。3名のレジェンドたちに栄光の舞台裏、勝利の要因を語っていただく『勝者に聞く・有馬記念の勝ち方』、最終回は2012年にゴールドシップで勝利した内田博幸騎手が登場。前年の大井競馬で落馬負傷。8カ月のリハビリを経て復帰した年に出会った「神様からの贈り物」と話すパートナーとのエピソードを明かしてくれた。

    ドラマは共同通信杯から始まった

    -:今、改めてゴールドシップについて振り返っていただきたいと思います。初騎乗(共同通信杯)の印象からお聞きします。

    内田博幸騎手:なかなか渋い馬だと思いましたよ。反応もスっとしてくれない。長い脚を使ってくれる馬だし、スタミナはあるだろうなとは思いましたけどね。共同通信杯はいいポジションにつけられましたし、うまくいったレースでした。追わせる馬だなという印象が強いですね。

    内田博幸騎手

    ゴールドシップとのコンビで皐月賞、菊花賞、有馬記念、宝塚記念を制した内田博幸騎手

    -:次走は2ヶ月後の皐月賞は4番人気でした。レース前はどのようなプランだったのでしょうか。

    内:共同通信杯で3番手に行って勝っているので、今回も先行できればいいなと思っていましたよ。外枠(7枠14番)でしたし、馬場も緩かったですからね。ただスタートは出たのですが、二の脚がつかなくて、後ろからになってしまいました。押して4コーナーを上がっていっても大外を回すしかないですし、だったらもう後ろから運んで、馬場のいいところを選んでうまく走ろうと思って乗りました。

    -:じっくり運んだところ、内がポッカリと開きましたね。

    内:馬場の外側も重たかったですし、内側も重かったので、もう内も外も、どこを通っても一緒だなと。だったら外を回るほうが不利だと思っていたら、みんな外を回していって、内がバーンと開いて。「これは!」と思って内に行きましたね。ジワジワと上がって行けば他馬に締められてしまうから、4コーナーで一気に先頭に立つくらいの乗り方をしました。4コーナーは凄く馬場が悪かったのですが、そこさえうまく通過すれば、この馬の体力なら何とかなると思いましたよ。内を突いて直線に向いて、そこから外に出して……。うまくいきましたね。

    -:他馬はきれいに内を開けていました。

    内:決して内が良かったわけではなくて、馬によってはこなせない馬がいたかもしれません。直線ずっと内ラチ沿いを走るのはダメだと思っていて、4コーナーで内を通った後は、直線で馬場の真ん中までスッと出したかったんです。そのためには4コーナーで先頭に立つくらいでないと馬場の真ん中を通れない。何よりゴールドシップはバテることのないスタミナがあったので、そういうレースができたんです。会心の勝利でした。

    -:皐月賞の時点で、馬の完成度はどのくらいだったのでしょう?

    内:物差しで測れないところはありましたね。共同通信杯を勝った時、この馬は走ると思ったんです。だから皐月賞は自分が思っていた展開とは違う展開になったものの、あのような競馬を選択できましたし、ゴールドシップだからできたレースでした。あんな大胆な競馬は他の馬はできません。共同通信杯を勝ってから、ゴールドシップのドラマが始まりました。

    -:その後ダービーで5着。4ヶ月の夏休みを経て、復帰緒戦の神戸新聞杯を優勝。馬が変わった点はありましたか?

    内:夏を超えて、次第にパワーが付いたことで、"気性が爆発する"ようになっていましたね。これはうまく乗りこなさないといけないと思いましたよ。馬場に入る時、他の馬にはありえないような暴れ方をするんです。気持ちの強さはあの馬のいいところでもあるので、うまく乗りこなせば、この馬の力なら大きなタイトルをまた獲れると思っていました。馬場入りの時は相当気を付けましたね。みんなを吹き飛ばすようなパワーでした。負けちゃいけないと思っていましたよ。

    -:内田騎手だからこそ、御せたのではないでしょうか。

    内:だからこそかは分からないですけど(笑)。でもね、人間がそこで負けてしまったらワガママにさせ過ぎちゃうから。人間のほうが立場は上だということを教えてあげないといけないんですよ。元々ゲートも危ないところがあって、ゲート入りを拒否するようなところはその時から既にあったんです。拒否しているということは人間をなめているということ。なるべく馬にバカにされないよう、馬が人間より上の立場のならないよう、自分のこれまでの経験を元に少しでも制御できればと思っていました。制御さえできれば、大きなレースを勝てる器だと感じていましたから。

    内田博幸騎手

    -:菊花賞を勝ち、いよいよ年末のグランプリに挑むこととなりました。

    内:有馬記念はものすごく状態が良かったんです。走りが軽かったですね。追い切りも僕が乗ったのですが、追い切りの時から菊花賞より状態は全然良かったですね。

    -:菊花賞と比べると距離が500m短くなりましたが、影響はありましたか?

    内:距離が短くなった影響はまるでなかったですね。

    -:気を付けていたことはありますか?

    内:ゲートをすんなり出ない馬ですからね。まずはゲートに気を付けていました。そしてあとは、自分が慌てないことでしたね。

    -:スタートして、二の脚が付かず、後方からに運ぶ形になりました。

    内:ゲート自体はそこまで出なかったけれども、ルーラーシップも出遅れたじゃない?正直、ルーラーシップが一番の相手だと思っていたんです。理想はルーラーシップが自分の前を走って、それを後ろからマークする形だったのだけど、自分の後ろにいたものだから、これはやだなぁと思ったね(笑)

    -:そこで作戦を変更したのでしょうか?

    内:一周目、最初のスタンドの前の直線で、わざと内ラチから離して、外目を走ったんです。このタイミングで外に出して内を開ければ、後ろにいるルーラーシップは出遅れた分を取り返すために、内からスルスル行こうとすると思ったんですよ。実際内を開けたらそこにルーラーシップが入って走ってくれて、「ヨシヨシ」と思いました。ルーラーシップがどんなレースをしてくれるのか後ろから見られる形になって、あとはどのタイミングで仕掛けるか考えながら乗っていました。そして3コーナー過ぎ、「ここだ!」と思って追い出しました。

    -:3コーナーの外目から動くのは、勇気がいるのではないでしょうか?

    内:そういう馬だからね。僕は馬を信じて乗るしかないわけですよ。

    相棒のスタミナを信じて大胆な作戦に

    -:この年は内田さんが騎乗されてダービーを制したエイシンフラッシュも、3番人気と上位評価されていましたね。

    内:確かにエイシンフラッシュも人気でしたが、僕はどちらかと言えばルーラーシップのほうを意識していましたね。強い馬だなと思っていたんですよ。実際に有馬記念であれだけ出遅れても3着まで来ているわけですから。自分の中では一番強い相手だと思っていました。そんなルーラーシップがうまいこと内を通り、3コーナーで内に入っていってくれたので、ここで自分が仕掛けてルーラーシップより前に出て、直線手前で一度息を入れてから、直線でまた追い出せることができれば勝てる……。そう思って乗ったんです。大胆な作戦ですが、ゴールドシップのスタミナなら大丈夫と思って乗りましたね。うまくいくかどうかは正直分からないけれども、馬を信じて、ゴールドシップのレースの形に持ち込んだんです。もちろん馬の具合がもの凄く良かったことは大きかったですね。

    -:どのあたりで勝ったと思われましたか?

    内:直線に入って、前の馬を交わし始めた時ですかね。スピードがもの凄かったですから。本当に走りが軽かったですね。これはどの馬が後ろから来ようが、ゴールドシップを交わすことはできないと思いました。だからゴール板の手前からもうガッツポーズをしてしまってね。ちょっと早かったですね(笑)。

    -:そこまで軽い走りは3歳時の有馬記念だけだったのでしょうか?

    内:だけではなかったですが、特に状態が良かったのがこの有馬記念でした。印象に残るレースでしたよ。

    -:この年の有馬記念で他に印象に残ったことはありますか?

    内:有馬記念と言えば、その年の『トリ』じゃないですか。2012年は自分がケガから復帰した年(2011年5月の大井競馬で落馬負傷し、8ヶ月間休養)で、1月に復帰した時は、まさかその年の締めの有馬記念を勝てるなんて思ってもいなかったんです。自分がケガをして、長い間乗れずにリハビリを続けてきた中で、競馬の神様が大きなタイトルを自分にくれたのかなと思いましたよ。それだけ神懸ってましたよね、馬も。

    内田博幸騎手

    「自分がケガをしてからの、神様からの贈り物だと思うんです。普通の馬ではありえないレースばかりしていましたから。自分自身も決めつけないように乗っていたんです」


    -:復帰される時に不安もあったのではないでしょうか。

    内:自分は自分の仕事を、やるべきことをやっていれば、必ずまたやっていける自信はありましたよ、何十年もジョッキーという仕事をやって、数えきれないほど色々な経験をしてきたんでね。

    -:そのタイミングでゴールドシップに出会ったのは縁ですね。

    内:そう、まさに縁ですよ。神様からのプレゼントですよ。神社に絵馬があるじゃないですか、白馬の。まるでゴールドシップのような感じだと思いませんか?神様からのプレゼントでなければ、あれだけ勝てないですよ。G1を6勝したうち、4つを僕で勝たせてもらいましたが、大きな舞台で勝てる馬も少ないのに、そんな中でこれだけ勝たせてくれる馬はいないですからね。自分がケガをしてからの、神様からの贈り物だと思うんです。普通の馬ではありえないレースばかりしていましたから。自分自身も決めつけないように乗っていたんです。普通のレースをしようと思ったら、あんな大胆なレースをできません。ましてG1では絶対にできない。普通、菊花賞の1番人気であれだけ早く動けないです。

    -:引退レースの2015年有馬記念で再び騎乗されましたが、だいぶ馬は変わっていましたか?

    内:おとなしくなっていましたよ。レース後種牡馬になるわけですから、もちろん勝てればいいのだけれど、まずは無事に走って、無事に種牡馬になってくれればと思いながら乗りましたね。ゴールドシップのレースをさせてあげようと思っていました。うまいことゴールドシップのレースはできましたが、最後はイマイチ伸びが足りず……。ただよく頑張って走ってくれましたよ。

    -:いま改めて考える、ゴールドシップの良さとは何でしょうか?

    内:スタミナと負けん気の強さは相当でした。あれだけ負けん気の強い馬はそうそう出会えません。僕は何十年もジョッキーという仕事を続けているけれど、負けん気の強さはあの馬が一番です。あそこまで凄いのはいません。『俺が一番』みたいな感じでしたから(笑)。

    -:そのゴールドシップ産駒がいよいよ来年デビューします。

    内:あまりに元気のいい産駒は困りますね(笑)。もちろん走ってほしいですよ。

    -:内田さんに騎乗依頼する陣営も多いでしょうね。

    内:どうでしょうね。まだ分からないけれど、役に立てればいいなと思いますよ。そしてゴールドシップの子どもでタイトルを取れれば嬉しいですね。うん、乗りたいですね。そして少しでもいい結果を残したい。それがジョッキーという仕事ですよ。

    -:ゴールドシップを種牡馬導入したビッグレッドファームの岡田繁幸氏は「非常に馬が柔らかい」と絶賛していました。

    内:筋肉が柔らかくなければ、ああいうレースはできないですね。筋肉が硬いと酸素が入ってこないと言いますか、筋肉が柔らかいからこそ、長い脚を使っても酸素が身体に入ってもう一伸びできるんです。なので馬は基本的に筋肉が柔らかくないとダメ。特に競走馬はそう。子どもたちには負けん気とスタミナ、心臓の良さに加えて、筋肉の柔らかさが伝われば、いいレースをしてくれるのではと思います。

    -:改めてゴールドシップに贈るメッセージはありますか?

    内:自分が復帰した年にあれだけの活躍をしてくれて、自分を後押ししてくれた馬です。また僕がこの世界でやっていけると思わせてくれた馬。今ももの凄く感謝しています。大胆な競馬ができる一つの物差しと言いますか、乗り方を決めつけてはいけないなと思わせてくれましたね。ここが仕掛けどころだと考え過ぎたり決めつけず、馬のタイミング、馬のリズムを考えて、走りやすいように走らせてゴール板を1着で駆け抜けることが僕らの仕事。改めてゴールドシップに教えてもらいました。もちろん難しいですけどね。全部が全部そうできるわけではないけれども、ゴールドシップに教わりました。

    -:今日はありがとうございました。最後に一言お願いいたします。

    内:だいぶ真っ白くなってしまいましたね(笑)。大胆な競馬で、みんなが信じられないような競馬をしてくれた馬でした。後ろから運んで、一頭一頭交わして、最後には全部交わして……。決してうまくレースを運んで勝っている感じではありませんでした。人間に例えれば、最初は他の人たちに比べれば遅れているかもしれないけど、頑張れば、そこでトップを張っている人に並んで勝てる、それを教えてくれた気もします。すぐできる人がいれば、すぐにはできない人もいる。できない人でも頑張ればその世界でトップに立てる。それをレースの中で教えてくれていた気がします。なかなかいませんよね、これほど叩き上げの馬は。そんな馬に乗れて、一緒にレースができて、自分は幸せです。自分の宝物ですよ。

    内田博幸騎手